2015年02月08日

香港騒乱で「デモ潰し」に参加する若者は何を思うのか

香港騒乱で「デモ潰し」に参加する若者は何を思うのか
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141015/272568/

 香港では、民主派による市街地占拠デモが継続している。

 日々刻々と状況が変化しているので、この原稿が公開される時点でどのような状況になっているか予測することは難しい。だから、ここに最新動向を書こうとは思わない。

 また、欧米系メディアを中心として、17歳にしてデモ隊の精神的支柱になりつつある黄之鋒さんの卓越したリーダーシップについて書かれた記事も散見する。その現実に立脚しつつも情熱的で人の心を揺さぶる言葉には魅了されずにはいられない。私も短い時間だったが彼にも話を聞くことができた。だが残念ながら、これまで世に出た彼に関する数多の記事を超える情報を手にできたわけではないし、彼の足跡にも触れたよい記事がほかにある。これも他稿に任せよう。

 学生たちが、解決が困難と思われる政治的な課題に対して、冷静な判断と強い忍耐によって行動を起こしているその現場を目の当たりにすると、否応なく心動かされる。私たち日本人が数十年前に置き去りにして来てしまったものがそこにあるからだ。学生の本分を忘れず、バリケードの中で「自習区」を作って夜空の下で勉学に励む姿、その損得勘定を超えた純粋な情熱について書こうと思えば、やはり何字を費やしても足りない。だがこれもまた、類する記事や写真が数多公開されている。改めて書く意味は乏しい。

 私がここで書きたいのは、香港が潜在的に抱える傷のような深い断絶についてだ。

 市街地を占拠するデモ隊は、これを排除しようとする「反デモ隊」と何度か激しく衝突している。衝突、という言葉はやや中立的に過ぎるかもしれない。デモ隊は、反デモ隊に何度か「襲撃」されている、と書いた方が事実に近い。それは流血を伴うまぎれもない暴力であり私闘だった。逮捕者も出ている。

 暴力を肯定する気はさらさらない。平和裏に座り込みを続ける学生らを覆面して襲った反デモ隊には、暴力団関係者が含まれていたことも分かっている。学生運動に対して右翼団体や暴力団の関係者らが立ちふさがり、警察には決して振るえない暴力を振るう。その「動員」に政府の意向があったかどうかは現時点でははっきりとは分からないが、日本を含めて、さまざまな国で学生運動が直面してきた現実だ。その姿は、権力というものを後ろ盾にした愛国無罪の無法そのものであり、弁護の余地は一片もない。

 だが、欧米メディアがそうするように、民主化を求めてデモに邁進する学生たちを「善」、このデモを暴力をもって潰そうと試みる親中派たちを「悪」とだけ断じてしまっては、見えにくくなってしまうものもあるように思う。

 私は、あえて「デモ隊」でなく「反デモ隊」に参加する若者たちの声を拾った。その取材を通じて私は、今回のデモが、香港が抱えていた傷のような断絶をさらに裂いてしまったのではないかと思わずにはいられなかった。

―刺青を入れた若者は語った

 「大学で勉強して頭でっかちになってるんだよ、あいつらは。俺は学はないけど、やつらの行動がばかげていることは分かる」

 名を尋ねても答えてくれなかったが、年齢は21歳、男性。建設現場で働いているという。黒いTシャツが覆い隠せないほど大きな刺青が太い上腕に描かれていた。日焼けした顔は年齢よりもやや老けて見えたが、時折見せる笑顔は若くあどけない。刈り上げた頭髪から汗が滴っていた。

―なぜばかげていると思うのか。

 「ここはもう中国なんだ。中国が決めたことを『嫌だ』と言って覆せるはずがないよ。親が決めたことに子は従うべきなんだ」

―正当な手続きでは覆せないと分かっているから、『占拠デモ』という非常の手段を取っているのではないか。それでもばかげていると思うのか。

 「思うね。普通選挙かなんだかしらないが、それで飯が食えるのか。頭でっかちってのはそういうことだよ。無意味なんだ。なのにみんな(デモで生活や商売に支障が出て)困っている」

 回答は理性的で理に適っていた。彼は、そもそもデモが成果を上げられるとは思っていないし、もし万が一「真の普通選挙」という成果が上げられたとしても、それが自分たちを豊かにするものと思えずにいるのだ。

―暴力団や親中派の団体が、お金を払って「反デモ隊」を募っていると言われている。あなたはお金を受け取っているのか。

 「一度、食事代というのを200香港ドル(約2700円)もらったがそれきりだよ。学生たちだってカンパで集めた食べ物を食べているだろう。同じことだ」

―お金が出なくてもここに来ていたか。

 「それは正直分からない。だが、きっかけはどうあれ、今は自発的だ。今日は1ドルも受け取っていないが、ここに来ている。あいつら(学生たち)を見ていると腹が立つんだ」

―デモに参加している友人はいないのか。

 「いないね。1人も」

 陳さんは19歳、女性。服飾店で接客、販売の仕事をしている。タンクトップにホットパンツといういで立ちで、髪の毛の一部は緑色に染められていた。あるいはヘアーエクステンション(付け毛)だったのかもしれない。直接、反デモ隊の群衆に入ってデモ隊ともみ合うことはないが、小競り合いになると周囲から反デモ隊に声援を送っていた。

―なぜここに来たのか。

 「友達に誘われて来た」

―お金がもらえると聞いて?

 「そんなことあなたには関係ないじゃない」

―普通選挙を求める学生たちの運動には共感できないのか。

 「できるわけがない。あの人たちは、働かずにあそこに座り込んでいても困らない人たち。私たちは家賃を払うために働かなくちゃならない」

―香港が守ってきた自由や民主主義が脅かされていることに危機感はないか。

 「あの人たち(デモ隊)みたいなことを言うのね。私たちを馬鹿にしたいならすればいい。でもここは香港。私たちの問題なの」

 最後の回答は、「外国人であるあなた(筆者)には分からない」というニュアンスを言外に強く漂わせたものだった。女性は、舌打ちして私の前から消えた。

 呉さんは34歳。学生と大声で議論し、掴みあいになって引き離されたところを話しかけた。興奮冷めやらぬ様子で訴える。

 「学生はいいよ。好きなようにやって終われば大学に戻ればいい。でも俺たちはここで稼いで生きて行かなくちゃいけないんだ。商売はめちゃくちゃだけど、誰が弁償してくれるんだ!」

―占拠エリアで商売をしているのか。

 「俺自身はしていないが、みんな困っている」

―無抵抗の学生に暴力を振るうことに、心理的な抵抗感はないのか。

 「殴ってはいない。ただ、ガラクタ(バリケード)をどけようとしたらもみ合いになっただけだ。ただ、殴りたい気持ちだよ。あいつらは、夢みたいなことを言って、勝手なことをしてこんなに迷惑をかけている」

 すると学生が割り込んでくる。

 「確かに今、私たちの活動は不便をかけていると思う。経済が停滞し、損害を受けている人がいることも承知している。でもここで戦わなければ、何年かのちにもっと大きな不自由に直面し、もっと大きな経済的停滞を迎えることになる。そのために戦っていると理解してほしい」

 「お前も働いてからそういうことは言え!」と応戦する呉さん。インタビューは中断されてしまった。

 ほかにも述べ20人弱の反デモ隊――彼らは、民主派の黄色いリボンに対抗して青いリボンを象徴として用いているため「青リボン」とも呼ばれている――に話を聞いた。

 話しかけた人数はもっと多いが、大半にインタビューを断られた。

 回答を拒絶する青リボンの中には、暴力団関係者と思しき人もいた。その多くはサングラスをかけ、素顔を隠していた。いたるところでデモに参加する学生がスマートフォンを掲げて反デモ隊の所業を撮影し、インターネットにアップロードしようと試みているので、素顔をさらすことを警戒しているようだった。

 回答してくれた20人弱の大半は、10代後半から20代前半の男性だった。ほとんど英語を話すことができず、早口の広東語で話すため、通訳を頼んだ香港人の友人がいなければ意思疎通ができなかっただろう。デモに参加していた学生たちが流暢な英語を話すのと対照的だった。その半数以上が、腕や足の一部に刺青を入れているのも印象的だった。

 デモ隊が占拠しているエリアは大きく3つある。香港島の金鐘(アドミラリティ)、銅鑼湾(コーズウェイベイ)、そして九龍半島の旺角(モンコック)だ。このうちデモ隊と反デモ隊の衝突が最も激しかったのは、旺角。私がインタビューを試みたのも旺角の一角だった。

「MK文化」と「香港島的なるもの」

 誤解を恐れずに街のイメージを東京で例えれば、金鐘は金融街に近い丸の内、銅鑼湾は商業の中心である銀座、旺角は下町の中心である上野といったところだろうか。上野はかつて東北、北関東からの「玄関口」であり、そうした地方の出身者が多く居住していた。旺角もまた中国大陸と陸続きの九龍半島に位置し、中国本土の玄関口のような機能を果たしている。中国本土出身者の住民も多い。

 天を貫くような高層ビルが立ち並び、スーツ姿の欧米人や香港人が闊歩する「いわゆる香港」は、香港島の、しかも限られた一角だけで見られる景色だ。一方で、旺角など九龍半島に位置する街は活気溢れる下町で、どこか雑然としている。香港島に住む欧米人は、半ば冗談、半ば揶揄して、旺角などの九龍半島側――ビクトリア湾の対岸を「ダークサイド」と呼ぶ。

 香港には「MK文化」という言葉がある。旺角(モンコック=MK)の風土風俗を表す俗語だ。その文化を体現する旺角っ子を「MK仔(男性)」「MK妹(女性)」と呼んだりもする。香港版のWikipediaには「MK文化」の項目があるが、ここに描かれている「MK仔」の姿は、確かに反デモ隊に共感する旺角の若者たちと重なるものがある。いわく、刺青をしている。煙草を吸う。緩めのジーンズをだらしなく履く、など。

 だがその記述をつぶさに読み進めると、Wikipediaにこの解説を書いた香港人の「悪意」を感じることになる。いわく、教育水準が低いためファーストフード店で働く。怒りやすく粗暴。利己的。他人を敬えない。痰を吐く。汚い言葉を使う。性的経験をひけらかす、など。これは、香港島的な価値観から見た「MK文化」に対するまなざしそのものなのだろう。中国本土客に対する香港人の蔑視とも重なって見える。

 インタビューで反デモ隊に身を投じる若者たちの言葉から感じた、デモ隊に対する憎悪、モラトリアムへの反感、教養や学歴に対する劣等感と憎悪。それは、Wikipediaの記述に見られるような、香港島的な価値観による「MK文化」に対する蔑視と表裏一体をなしている。

ここで注意しなければならないのは、「MK文化」や「MK仔」が、必ずしも旺角に居住する人々のそれを指すのではない、という点だ。それは、例えば東京の渋谷にかつて生まれたカウンターカルチャーにも似て、旺角に住む人というよりも、旺角的なものに憧れる人たちによって形成されている。逆にいえば、旺角以外に住む人たちの間にも「旺角的なもの」「MK文化」に憧れ、参加する層が一定以上いる、ということだ。逆にまた、筆者がここで「香港島的な価値観」というのも、何も香港島居住者に限定しているものではない。九龍半島に住みながらも、大学を卒業し、香港島の外資企業で働き、MK的な価値観とは相いれないと感じている者もある。両者の世界は、ビクトリア湾をまたいで重なりつつも、それぞれにやや偏っているのだろう。

 デモ隊が守ろうとし、また勝ち取ろうとしている「香港」と、反デモ隊に共感を覚える若者たちが足をおろして生活する「香港」。両者には大きなズレがある。大学を出て、やがてスーツを着て、英語を話し、香港島の金融機関や大企業で働こうという若者にとって、民主主義を勝ち取ることには一定の意味がある。欧米企業からの投資環境を守ることになるからだ。だが、彼らが勝ち取ろうとしている恩恵をMK仔たちが受けることはできるのか。答えは否、かもしれない。むしろ普通語(中国の標準語)を覚え、大陸からやって来る中国人がもたらす恩恵に浴しながら、商業やサービス業に従事する方が現実的な人生なのかもしれない。

 香港政府が発表したところによると、2006年の時点で0.533だった香港のジニ係数(貧富の差を示す係数。値が大きいほど貧富の差が激しい。0.4を超えると社会不安の要因になると言われる)は、2011年には0.537にまで拡大した。英国から中国への香港返還以来、増加傾向が続いている。今やアジアでも有数の格差社会だ。

 ある青年はこう言った。

 「今のままでいいじゃないか。行政長官が選挙で選ばれようと、北京の政府に選ばれようと、俺たちにとっては何も変わらない。どうせ毎日働いて、飯を食うだけの人生だ。現に(選挙で選ばれたのではない者が行政長官に就任している)今、何か問題があるのか。俺たちにとって今切実に問題なのは、家賃が高すぎて払えないこと。生活に困っているんだよ。その生活をさらに困らせているのが今のデモだ」

 私たち外国人記者が知りあう香港人の多くは、香港島的な価値観の持ち主だ。それゆえに見落としがちだが、欧米人や日本人が描く「香港」にはほとんど描かれることのない「もう1つの香港」がここにはある。その断絶は、そもそもは英国がこの地を統治していた時代に築かれたものだ。香港の「中国一体化」が進む中で深刻度を増していた断絶は、今回の騒乱ではっきりと姿を現し、その傷口がますます裂けようとしている。

 バリケードで市街地の各所が封鎖された異様な光景の中で、香港社会は今、その疼きと悲しさに耐えている。
posted by あがさ at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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